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最高裁判所第三小法廷 平成10年(行ツ)45号 判決 1998年6月16日

千葉県市川市伊勢宿一六番八号

上告人

早川和則

右訴訟代理人弁護士

佐藤義行

後藤正幸

千葉県市川市北方一丁目一一番一〇号

被上告人

市川税務署長 太田佳孝

右指定代理人

深井剛良

右当事者間の東京高等裁判所平成八年(行コ)第三一号所得税更正処分等取消請求事件について、同裁判所が平成九年九月三〇日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人佐藤義行、同後藤正幸の上告理由第一について

居住者と生計を一にする配偶者その他の親族がその居住者の営む事業に従事したことにより当該事業から対価の支払を受ける場合にその対価に相当する金額の必要経費算入を制限する所得税法五六条、五七条が憲法一三条、一四条に違反しないことは、最高裁昭和五五年(行ツ)第一五号同六〇年三月二七日大法廷判決・民集三九巻二号二四七頁の趣旨に徴して明らかであり、論旨は採用することができない。

その余の上告理由について

原審の適法に確定した事実関係の下においては、上告人の本件各係争年分の事業所得の金額が本件各更正処分における事業所得の金額を上回るものであって、本件各更正処分は適法であるとした原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するか、又は原判決の結論に影響しない点をとらえてその違法をいうものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 元原利文 裁判官 園部逸夫 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信 裁判官 金谷利廣)

(平成一〇年(行ツ)第四五号 上告人 早川和則)

上告代理人佐藤義行、同後藤正幸の上告理由

第一、所得税法五六条、五七条は憲法に違反する。

所得計算理論或いは、企業会計の手法と思考からすれば、親族から提供を受けた労働に対して支払う対価は当然経費であり、法人税法では法人の役員等の親族である使用人に対して支払う給与も損金に算入している。これに対して、所得税法では納税義務者と生計を一にする一定の親族等が事業に従事した場合に受ける対価を必要経費に算入せず、その納税義務者の所得として課税するのを原則としている(所法五六条)。すなわち、個人企業の場合には生計を一にする親族従業員に対して給料を支払っても、その給料分は事業主の所得として課税され、他方、親族従業員は自己の給与所得がないものとされ、税法上は一人前として扱われないことになる。このような制度の一応の合理性の根拠としては、<1>わが国の個人企業においては企業と家計とが十分に分離されていないこと、<2>わが国では生計を一にする親族に対して給与を支払う慣行がなく、事業から生ずる所得は事業主が支配していると考えた方が実情に即していること、<3>このような給料を必要経費に認めると租税回避の手段として利用されるおそれがあること、等が指摘されている(松山地判昭四九・一・二一税務訴訟資料七四号五二頁)。

右松山地裁判決の<1>ないし<3>の判示部分は、被告課税庁の主張をそのまま容認したものに過ぎなかった。

ところで、右<1>の「わが国の個人企業においては企業と家計とが十分に分離されていない」との理由は、第一に青色申告制度の創設によって、青色申告者については帳簿書類の作成備付け(所得税法一四八条、所得税法施行規則五六条ないし六三条)をすることによって、青色事業専従者に対する給与(賃金)の必要経費算入額についての昭和四二年の所得税法の改正により、昭和四三年分の所得税から給与の必要経費算入限度の法定が廃止され、給与として相当でありかぎり青色申告者の所得計算上その全額が必要経費に算入されることとなったこと、第二に昭和五九年以降の白色申告者にも課せられた記帳義務(二三一条の二)によって、店(事業)と奥(家計・家事費・家事関連費)とは分離されることとなったことによって、この<1>の合理性は消滅した。しかるに、白色申告者に対する事業専従者の給与に対する低額な必要経費算入規定のみが現存している。正に、いわれなき差別と言わなければならない。

<2>の理由は、甲第一〇号証の一および二で黒川功島根大学助教授(現職)が詳細に論じられているとおり、農村を中心とした戸主と家族、夫と妻、或いは父親とその妻、子の間には家族的支配秩序の崩潰ないし弱体化によって、消滅している。即ち、「戦後の産業構造の転換の中で急速な農林漁業の衰退は、郡部において小農型経営に服していた家族従業者を、近代的企業において第二次・第三次産業に従事する都市部の賃金労働者に瞬く間に変えていった。農村社会の崩壊に伴う郡部の過疎化と都市への人口の集中現象及び経済的基盤を喪失した家が分解していく核家族化現象は、昭和二〇~四〇年代を通じて顕著な勢いで進行していき、昭和五〇年代にはほぼ完了した。国勢調査の結果得られたデータを集めて図式化したグラフ1には、その様子が如実に表れている」(甲第一一号証の一七〇頁、および一七一頁のグラフ参照)のである。昭和二〇年の敗戦以来の先にも述べた核家族化、日本国憲法による個人の尊厳(一三条)等によって、生計を一にしている親族の極端な減少と共に、事業主(家長)の下で“ただ働き”をする者は存在しなくなったことは公知の事実と言ってよい。本件においても上告人は、弟早川幸夫に対し、通常の賃金を現に支払っていたのであり、本件推計課税における特前所得率算出後の青色事業専従者に対する支払額(甲第三二号証の一・二、甲第三三号証の一・二、甲第三四号証の一・二参照)をみても明らかである。

<3>の租税回避の手段に利用されるおそれがあるという立証不可能な「おそれ」を理由とする立法に合理性のないことは詳論するまでもない。

以上の次第で、白色申告者と生計を一にする親族に対する必要経費算入を極端に制限する所得税法五六条、五七条は憲法一四条・一三条に違反する。

いわんや本件の如く、生計を一にしない親族に対する賃金の支払を結果として必要経費と認めなかった原審判決は右違憲の判断を免れることはできない。

第二、原判決には理由不備の違法がある。

一、「特前所得」なる概念の違法性

控訴審は、判決理由四2において、被上告人側の主張する「特前所得金額」により上告人の所得(必要経費)額を推計することを肯認するが、これは実定税法に根拠を有しない独断である。

そもそも所得税法二七条にいう事業所得を含む同法二三条ないし第三五条に定める一〇種類の各種所得のうち、利子所得を除く所得は、基本的に収入金額から、これを獲得するために費やされた費用の額を差し引くことによって求められる(給与所得、雑所得のうち公的年金等の所得はこの例外である)。この必要経費の控除は、拡大再生産を維持するため、課税を利潤の部分に限定し、これを原資に及ぼさないという所得税の性格からくる本質的要請であり、当然所得金額計算の本則規定を構成するものである。

ただ、生計を一にする親族に対して支払う賃金等一定の対価については、不動産所得、事業所得又は山林所得金額計算の「特則」たる同法五六条により(その当否は別として)これがないものとみなされる。五七条一項にいういわゆる「青色事業専従者給与」の規定は、この特則たる五六条の適用を停止する特則の特則であって、基本的に所得税の本質に戻った本則の扱いを回復させるものに過ぎない。したがって、上告人によって繰り返されている「青色事業専従者給与」が青色申告の「特典」であるとの説明は、所得税法に根拠を有しない謬説であり、本件において用いられている「特前所得」なる概念も、同法に根拠を有しない課税庁による創作である。

この「特前所得」なる概念の下では、必要経費の中でも最も代表的な費目である人件費のうち、生計を一にするとされる一定の親族に対するものは、青色事業専従者給与として本則通りの扱いが認められているものをも含めて「特典」であるとされ、必要経費の範疇から除外されている。つまり、この「特前所得」なる概念は、人件費のうち一定の親族に対して支払われたものを予め除外している「所得」概念ということになる。これにより上告人の訴外早川幸夫に対する支払給料を含む全所得を推計することは、同給料を必要経費には算入させないという被上告人の望む結論を当初より織り込んだ技術的トリックに過ぎない。

上告人が、原審において青色事業専従者給与を必要経費に算入せずに行われた推計は違法である、ないし特前所得の平均値は何らの合理性もない等々の主張を種々の角度から繰り返したのは、偏にこの人件費の全体を含む所得の金額と、その一部を除外されたレベルの異なる所得の金額とを対比させることの不合理性、違法性を指摘したものである。しかし、控訴審判決にはこれを正しく理解した形跡がなく、また、この点についての上告人(控訴人)の主張に対応する判断が示されていない。

むしろ、判決理由四2(二)においては、「青色事業専従者」は、居住者の事業等から「対価の支払を受けても、その対価に相当する金額は必要経費に算入することができず、事業専従者の区分にしたがい四五万円、六〇万円(昭和六三年法律第一〇九号による改正前のもの。…)の限度で必要経費に算入することができるにすぎない。」として、青色事業専従者給与と(白色)事業専従者控除とを取り違えた上か、同各条を誤って解し、「このような法の趣旨に鑑みると、事業専従者が右金額を超える対価の支払を受けていたとしても、それは、一般的には、その事業所得を得るのに要する経費には当たらないと解される」と判示した。しかし、控訴審判決には、ここに言う「法の趣旨」なるものは、何一つ示されてはいないばかりでなく、この判示部分は正に所得税法の基本構造はもとより、同法五六条、五七条の規定内容とその論理的関係に対する無理解を示すものである。

即ち、右第一記載のとおり、所得税法五六条及び五七条は、合理性を欠く違憲の規定と解される。しかし、仮に百歩譲って何らかの合理性が存在するとしても、それを、生計を一にする親族に対して給与の支払いの慣行がないという点に求めることはできない。けだし、現在では、生計を一にする親族の労働力であってもその対価を支払うのが通常であり、給与の支払いの慣行がないなどとは到底いえないからである。

従って、所得税法五六条は、本来支払わなければならない労働の対価であり、必要経費に算入すべき生計を一にする親族に対する給与を、必要経費でないものとする例外の規定である。青色事業専従者に対する給与の支払いが必要経費となるのも、本来の原則に戻るからであると理解されなければならない。それ故、控訴審判決のように「事業専従者が右(五七条三項一号が定める)金額を越える対価の支払いを受けていたとしても、それは、『一般的には』、その事業所得を得るのに要する経費には当たらない」と解することはできないのである。

二、また更に重要なことは、五六条適用の結果個人企業から人件費が消滅することの不合理性を指摘した先の最高裁判例(昭和五一年三月一八日判例時報八一二号五〇頁)をも真っ向から否定する結果となっている。

こうした一定の親族に支払われた給与は、そもそも必要経費に算入されないとの誤った判断から控訴審は、上告人の要求した調整措置(青色事業専従者のいない対象者を選定するか青色事業専従者給与を必要経費に加算することにより、「特前所得」を上告人と同様人件費の全てが含まれる通常の所得に引き戻して推計の基準とする)を理由のないものと判示し、「特前所得」に基づく本件推計方法が不合理なものでないとした。畢竟、訴外早川幸夫が上告人と生計を一にするか否かにかかわらず、上告人の本件事業所得の金額が、本件更正処分に係る事業所得の金額を上回るとした同審の判断は、以上のような所得税法五六条、五七条及び同法の基本構造に対する無理解に起因するものであって、その違法ももはや論ずるまでもなく明らかであり、原判決は破棄されなければならない。

第三、原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違反がある。

一、控訴審判決(三六頁)は、「青色事業専従者は、居住者と生計を一にする配偶者その他の親族であり、所得税法五六条及び五七条の規定によれば、その居住者の営む事業所得等を生ずべき事業に従事したことその他の理由により当該事業から対価の支払いを受けても、その対価に相当する金額は必要経費に算入することができず」として、所得税法五六条及び五七条の解釈を誤った結果、同法一五六条の規定による事業所得の金額(「事業所得に係る総収入金額から『必要経費』を控除した金額」(所得税法二七条二項))の推計を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

即ち、所得税法一五六条に基づき業種、業態、規模及び立地条件等が類似する業者を抽出して、その所得率を算出して推計を行う場合であっても、事業所得が総収入金額から必要経費を控除した金額(所得税法二七条二項)として算定される以上、類似する業者を抽出して所得率を算出する場合に、この類似業者の総収入金額から必要経費を控除して所得率を算定しなければならない。しかるに、控訴審判決は、「青色事業専従者は…居住者の営む事業所得等を生ずべき事業に従事したことその他の理由により当該事業から対価の支払いを受けても、その対価に相当する金額は必要経費に算入することができ(ない)」として、所得税法五六条及び五七条の明文の規定に反する解釈を行った結果、本来必要経費に算入すべき青色事業専従者に対する給与の支払いを、必要経費に算入しないで行った被上告人の所得率の算定を適法としたものであって、法令解釈の誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

二、これに対して、本件では、上告人の青色申告承認処分は、被上告人によって取消されており、したがって、青色事業専従者に対する給与の支払いを必要経費に算入しないで行った所得率の算定を適法としても、結果的に判決に影響を及ぼすことはないとの考えもあろう。

しかし、本件において上告人は生計を一にする親族に対する給与(労働の対価)の支払いを行っていない。訴外早川幸夫が上告人と生計を一にする親族でないことは、第一審判決三一頁八行目ないし三五頁一一行目記載のとおりであり、控訴審もこれと異なる認定をしていない。したがって、本件においては、支払われた労働の対価は全て必要経費に算入される場合である。このように支払った給与(労働の対価)が全額必要経費として認められる場合であるという意味において、本件は、青色事業専従者に対して給与(労働の対価)の支払いがなされている場合と同一である。

したがって、本件において、適正な所得率を算定するためには、青色事業専従者に対する給与(労働の対価)の支払いを必要経費として総収入金額から控除して算定しなければならないのである。

三、なお、実は本件更正処分において、この理は被上告人も認めていたのである。即ち、被上告人は、更正処分において、上告人の所得の推計の方法を用いて算定するに際して、青色事業専従者に対する給与の支払いを必要経費に算入しないで行った所得率(特前所得率)を用いたが、右所得率によって算定した所得から、訴外早川幸夫に対する給与の支払い分として昭和六二年分及び同六三年分につき各金四五万円を、平成元年分として金四七万円を差し引いて、上告人の所得を算定していた。

もっとも、被上告人は、上告人と訴外早川幸夫が生計を一にする親族であるとの誤った事実認定をしたため、青色申告承認処分が取消された上告人の所得金額の計算については、訴外早川幸夫に対する給与の支払い分として昭和六二年、同六三年分については所得税法五六条及び五七条三項(昭和六二年分につき五七条三項一号、同六三年分につき五七条三項一号ロ)に基づき、訴外早川幸夫に対する給与の支払い分として金四五万円、平成元年分については、同法五六条、五七条三項一号ロに基づいて金四七万円しか差し引かないで所得を算定する誤りを犯した。

しかして、被上告人が更正処分において行った所得の推計方法で明らかなことは、所得率の算定において、生計を一にする親族であると誤認した訴外早川幸夫に対する給与の支払額を必要経費から除外するために、青色事業専従者に対する給与の支払いを必要経費に算入しないで所得率を算定したものである。

したがって、訴外早川幸夫が生計を一にする親族であるとの事実認定が誤ったものであることが明らかとなった以上、青色事業専従者に対する給与の支払いを必要経費に算入して所得率を算定すべきであり、本件更正処分の所得率の算定方法は法の解釈を誤ったといわなければならない。

以上いずれの点よりするも原判決は違法であり、破棄さるべきである。

以上

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